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紫 春晏( Murasaki Haruan) Profile
緊縛師の故・雪村春樹先生の【雪村流緊縛】を伝える紫春晏のプロフィール。

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紫 春晏
Murasaki Haruan


東京で活動するプロのミストレス。
雪村流緊縛第10号指導員。
(日本人として、また女性として初の認定)

2002年にミストレスデビューして間もなく、雪村春樹先生が所属クラブに緊縛講習に来店したことを機に知り合い、映像撮影現場のアシスタントをしながら雪村流緊縛を学ぶ。

2006年雪村先生が雪村流緊縛を教え始めることを機に師事する。

2008年雪村流緊縛発表会(新宿ゴールデン街劇場)にて最初で最後のステージ。

ロサンゼルス(2012)、シドニー、メルボルン(2014)のワークショップにアシスタントインストラクターとして帯同。

雪村先生が他界した後より希望者を対象として本格的に指導を開始している。

普段男性を縛ることがほとんどのため、男性を縛ることの指導や女性の縛り手への指導を得意としている。
またプロミストレス経験からコミュニケーションや間合いを最重視している。


Murasaki is a professional mistress working in Tokyo. She is the 10th licensed instructor in Yukimura-ryu and both the first woman and the first Japanese to be certified by Yukimura Haruki in his unique style of Japanese bondage. He bestowed upon her the Yukimura-ryu name of Haruan (春晏). Murasaki met Yukimura Haruki in 2003, soon after her debut as a professional mistress, when he came to the club where she was working to teach kinbaku. Shortly after, she began assisting him on video shoots, which allowed her to continue learning his style of tying.

When Yukimura Sensei started to offer formal instruction in Yukimura-ryu in 2006, she became one of his first students.
In 2008, at a special presentation in Yukimura-ryu at a theater in Shinjuku’s Golden Gai district, she performed on stage for the first time.
Murasaki accompanied Yukimura Haruki as his teaching assistant on his trips to Los Angles in 2012, and to Sydney and Melbourne in 2014, participating fully in his instructional workshops there.
After Yukimura Sensei’s sudden passing last year, she began to accept a limited number of students with a genuine interest in learning Yukimura-ryu.

Because she is generally tying men, she is particularly experienced in and skilled in teaching how to tie men, as well as in teaching women who wish to learn how to tie. Communication is key in her work as a professional mistress, so like Yukimura Sensei, she places great importance on the use of rope in communicating with one’s partner.

(English translation : Alice)
【2017/02/19 00:02】 | Profile | page top↑
プロフィール
撮影しました名前:紫(むらさき)
縛師名:春晏(はるあん)。

緊縛師・雪村春樹氏の弟子の一人。
現在はSMクラブ「ラ・シオラ」に所属する、いわゆる女王様。
特技は縛り。M男を一から躾けるのも好き。
面白い子、きちんとした子、ドマゾド変態が好き。

知的好奇心を燃料に生きています。

一見すると涼やかな普通の女性でとても女王様をやっているとは思えない、とよく言われます。
「紫」は情熱の赤と冷静の青が混ざった色。私もきっとそんな感じです。



所属店「ラ・シオラ」でのプロフィールページはこちら>>>

2013年近影
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⇒もっと紫の写真を見たい方はコチラ
⇒プレイの様子を見たい方はコチラ

うしろ姿●好きなプレイ:緊縛。マイブームはそのときによって変化。上質な時間を過ごせるならば手段は何だって構わない。
●NGプレイ:黄金・局部奉仕
●好きなもの:酢を使った食べ物全般。飲み物は紅茶。お酒は強くないが、最近シャンパンやワインが少し飲めるようになってきた(2007年秋現在)。お花が好き。
●趣味:写真、旅行、癒される音楽を聴く等。オーケストラの演奏を聞きにしばしば足を運ぶ傍ら、プロレス会場にも足を運ぶ。

黒ランジェリー
【略歴】
Sとしての調教歴:約6年。

幼少期、家で緊縛写真の本を発見。
学生時代、クラスで文化祭で劇をやることになり脚本を執筆。劇中にSMクラブの女王様を登場させ、他にやる人がいないため自分で演じることに。クラスメートを劇中で「この犬!」とののしり、なわとびでできたムチを振り回し一躍学内の有名人(有迷人?)となる。このころから街中で露出狂に遭遇したり「お金払うのでオナニー見てもらえませんか?」というありえない申し出を受けることが多くなる。
OL時代、仕事のストレスから変態に癒しを求めるようになりフェティッシュイベントに出入りするようになったり、知り合いのおじさんにSMバーに連れて行かれ女王様役をやらされたりするようになる。そのうちに会社を辞めついにSMクラブの門を叩く…。

■SM女王デビュー。自由奔放なドミナ時代・・・
2002年7月より東京・代々木のドミナスクールLaSiora(ラシオラ)にて女王デビュー。
シオラ時代は数々のマゾの個性を発揮させ、「変態使いの紫女王様」と呼ばれたとか呼ばれないとか。当時毎週発行していた日々出会う変態を紹介するメルマガ【情熱変態!ムラサキレンジャー】はM男性だけでなく、むしろ他店クラブやバーの女王様、S女さんに人気だったよう。シニアドミナ(現ティアラ)として頑張った。ちなみにこのようなポジションが設けられることになったのは私の在籍中で、初代シニアドミナとして他に真珠さん、椿さん、順子さんなどがいた。2004年12月末退店。

ロングドレスで乗馬鞭■プライベートで枠に捕らわれないSMを知る。
2005年~、プライベートで気の合うMとマイペースにプレイを楽しむ。
自分の本当にやりたいプレイを確認するように、自分や相手と向き合うプレイをしてみた時期。
クラブ勤めの頃よりぐっと道具が少なくなり、自分にとっては縄と少しのゴム手袋で良いと知る。
仲の良いMとはプレイだけでなく会話を楽しんだり、マッサージやお茶の淹れ方を仕込んだりして型に捕らわれず遊んだ。
しかしそれがあまりに平和で楽しかったので、知らない相手とその場限りの激しいSMをしたいなとか、緊張感のあるSMをしたいな、などと平和で楽しいSM関係に少しずつ物足りなさが出てきて、その衝動が日増しに大きくなって止められなくなってきてしまった。

■第二の女王人生のはじまり。クラブ復帰。
2006年5月、心と体の疼きを止められず、ついに赤坂のクラブマニアックにて女王復帰。
なぜマニアックを選んだのか?よく聞かれる質問ですが、理由は自分よりキャリアのある10年選手の現役女王様が2名もいるクラブだったからです(秀美様、舞衣様)。自分より先輩のいるクラブでまた勉強させていただきたかったのです。大変お世話になった赤坂クラブマニアックを2008年10月末を以って退店。

■緊縛師・雪村春樹先生に師事。緊縛道を深める。
2006年4月、以前より交流のあった緊縛師雪村春樹氏に正式に師事することを決める。
2006年冬、雪村先生より縛師名「春晏(はるあん)」を頂く。
「落ち着いて穏やかな生き方をし、縄に向き合えるように」という思いを込めてつけられた。
雪村先生には緊縛指導を受ける他、雪村春樹監督の緊縛Vにしばしば撮影、AD、出演等のかたちでお手伝いさせていただく。

2007年~女性の緊縛ヌードの作品撮りをはじめる。撮影と緊縛の両方を自ら行っている。撮影は中判カメラ・ハッセルブラッドにてモノクロで行われることが多く、作品は暗室で自ら手焼きをしている。たまったら写真展をしたいなあ。


_MG_7238.jpg2008年1月31日、新宿ゴールデン街劇場で行われた
「雪村流緊縛発表会」にて縛り手として初舞台を踏む。

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2008年7月、雪村先生より直筆の緊縛師名の書を頂きました。感激の記念撮影☆

■古巣、LaSioraに復帰。新たな価値の創造に向けて。
2008年11月より、4年前までお世話になっていた、私の女王デビューのクラブ【ラ・シオラ】に復帰。
ラ・シオラは同年6月に風営法の摘発を受け一旦閉店、9月に場所を代々木から新宿3丁目に移し、新生ラ・シオラとしてスタートしたところだった。新生シオラがやろうとしていたことと自分のやりたいことの一部が偶然にも一致、何度も行われた話し合いの結果、同じ方向に向いたベクトルへ共に進む道を選択した。
プレイヤーとして4年ぶりの同店復帰のため、敢えて1からのスタートを決め、新人と同じ扱いで再スタートを切った。
2009年1月、同クラブの「ティアラ・ドミナ」に昇格。

2008年12月よりフェティッシュと美を追求した本格女装に加えフォトセッションを行う「Lady Time Romance」を企画。

2009年6月、原宿のセレクトブティックショップ「Baby Doll」のパーティー「Alice & Queen's Wonder Night Party」にて女装子2名と紫で作る女装アイドルグループ「バキューム」としてパフォーマンス
一部のマニアに絶大な支持を受ける。また女装子に夢とロマンを与えた。
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1プレイヤーとしてさらに精進するとともに、SM、フェティッシュを大きな枠で捉えて新たな価値を創っていきたいと思っています。
どうぞ温かく見守ってやってください。

(2010年、初夏現在)
【2006/01/01 12:00】 | Profile | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
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